今月の映像(7月)
この頁は月毎に行われる祭事やイベント等、京都ならではの映像を追加し添付して行きます。
 5月
 4月
 3月
 2月
 1月
12月
11月
10月
 9月
 8月
の映像はここからご覧下さい。
 6月
                 《祇園祭》疫神社夏越祭             撮影:2005.7.31
<八坂神社の境内にある疫神社の神殿に宮司、祇園祭関係者、一般参拝者が拝礼>          下の画像をクリックすると拡大します
夏越際は疫病流行の際、蘇民将来之子孫也と記された護符を捧持する者は、疫病より免れしめると清約された故事によるものです。八坂神社の境内にある疫神社の鳥居に大茅輪を設け参拝者は之をくぐって厄気を祓い、又、「蘇運民将来之子孫也」の護符を授かります。この神事にて1ヵ月間に亘った祇園祭の諸祭事はすべて終わった事になります。
                  《祇園祭》神輿洗(後)              撮影:2005.7.28
<四条大橋の真ん中で神職が祝詞をあげ、鴨川から汲上げた水を榊に浸し神輿を洗い清める>  
下の画像をクリックすると拡大します
24日の還幸祭で八坂神社に還御していた三基の神輿を格納するための行事で、10日の神輿洗(前)と同様三基の神輿を代表して中御座の神輿を四条大橋まで運び、朝に宮川(鴨川)から汲み上げた水で清めるものです。
               《祇園祭》神事用水清祓(後)            撮影:2005.7.28
10日の神事用水清祓(前)と同様、夜行われる神輿洗いに使用する神事用の水を宮川から汲み上げ、宮川堤に設けられた神台で清祓をするもの。
                《祇園祭》還幸祭                撮影:2005.7.24
   <午後4時30分〜7時まで四条通は河原町〜烏丸間、車両通行止>  
下の画像をクリックすると拡大します
17日の神幸祭から四条寺町の御旅所に安置されていた三基の神輿をふたたび八坂神社まで奉還し、御神霊を御本殿の奥深くお鎮めする儀式です。午後5時頃御旅所を出発し、氏子地域を巡行して午後10時頃に八坂神社に還幸します。
             《祇園祭》花傘巡行と舞踊奉納          撮影:2005.7.24               <花傘巡行の屋台に乗り込んだ先斗町の舞芸妓>             
下の画像をクリックすると拡大します
花傘巡行は、昭和41年に[後の祭り]と[前の祭り]の山鉾巡行が統合されたのを機会に「後の祭り]を継承する形で始められたものです。午前10時より八坂神社を発着点に市の中心部で約2時間をかけ繰り広げるられるもので舞妓や武者姿の子供達が都大路を賑やかに練り歩きます。そうして八坂神社へ帰社後は境内で行列に参加した各グループが舞踏を奉納します。
               《祇園祭》八坂神社御旅所         撮影:2005.7.23
京都の繁華街四条寺町にある八坂神社御旅所には17日の神幸祭から明日の還幸祭まで三基(東御座、中御座、西御座)の神輿が安置されています。
                   《祇園祭》神幸祭            撮影:2005.7.17  下の画像をクリックすると拡大します
神幸祭は、17日の夕方、八坂神社をメインに営まれます。夕映えの空をバックに黄金色の神輿三基が八坂神社の石段下に午後6時半頃に集結、大勢の観客が熱気に包まれます。 尚、神輿は従来担ぎ手同士が衝突することを懸念し、時間をずらして出発していましたが、13年から神輿三基の解体修理完了に合わせ「揃い踏み」する様になりました。神幸祭は、八坂神社の神霊を中、東、西の各御座の神輿に移し、四条寺町の御旅所に迎える神事です。この後、神輿は24日の還幸祭まで同所に安置されます。
            《祇園祭》山鉾巡行[撮影:四条河原町]     撮影:2005.7.17  下の画像をクリックすると拡大します
山鉾巡行は、祇園祭のメーンエべントであり、32基の山鉾(鉾9基・山23基)が四条烏丸に集結し午前9時に同所を出発、四条通→河原町通→御池通→新町通を経て各山鉾町に帰るものですが、このように各町々から山や鉾が参加する様になったのは室町時代の末、応仁の乱前後で、京都の祭「町衆の祭」としての性格を一層強めたと云われています。そうして江戸時代には町の組織も安定し、山鉾も固定化されましたが町の人々の鉾や山を飾る熱意と意欲は益々旺盛で、今日、私達が見る山鉾の意匠は町の人々の大切な歴史的蓄積の成果と云うことが出来るでしょう。
                  《祇園祭》あばれ観音            撮影:2005.7.16
宵山(16日)の午後11時30分頃から南観音山のご本尊の楊柳観音(女性)を黄色い布でがんじがらめに蓮台に縛り付けて神輿のように担ぎ出し、善財童子を先頭に掛け声勇ましく町内を三往復してから山に移されるもので、明日の巡行が無事に行われるように願う神事であると言い伝えられています。尚、北観音山のご本尊が男性であるのに対し、南観音山は女性である為、不祥事が起こらないように、観音様が荒行をして身を慎まれると言われており、各地にある縛り信仰の一つとも言われています。
                《祇園祭》日和神楽             撮影:2005.7.16
日和神楽は、宵山の賑わいが終わろうとする頃、明日の巡行が晴天である事を願って、鉾町の囃子方が一同打ち揃って車の付いた枠に鉦を吊るし、太鼓を載せて賑やかに祇園囃子を奏でつつ、人波を分けて四条通りを東へ八坂神社御旅所まで詣でるものです。
              《祇園祭》役行者山護摩焚き供養        撮影:2005.7.16
役行者山は、名前のとおり御神体が修験道の創始者である役行者であり、同山が修験道との関わりが深いことから、7月16日に聖護院の山伏が同山の前(室町通の路上)で護摩焚きをして祭りの無事を祈るものです。
                    《祇園祭》宵 山               撮影:2005.7.16
今年の宵山は11年ぶりに土曜日と重なったこともあり、昨年より4万人多い52万人(京都府警発表)の人出で埋まりました。
                 《祇園祭》宵々山              撮影:2005.7.15   下の画像をクリックすると拡大します
日の京都は梅雨明けした様な真夏日となり気温も34.7度を記録、人出は一昨日の宵々々山の20万に対し34万人(午後十一時現在、京都府警発表)と大勢の人が繰り出し、祭りムード一色となりました。
                   《祇園祭》宵々々山             撮影:2005.7.14  下の画像をクリックすると拡大します
宵々々山から宵山にかけて、各山鉾に駒形提灯が灯され鉾からは祇園囃子が奏でられます。そして町会所などでは豪華な山鉾装飾品が飾られ、又、各山鉾町の家々では 各時代の秘蔵の屏風や書画などを山鉾参観者を迎えるために飾り、祭り気分が最も盛り上がるときです尚、14日〜16日間、山鉾のある道路は午後6時以降すべて歩行者専用となります。
尚、地元新聞によると今年の宵々々山は約20万人の人出で賑わったとのことです。
                《祇園祭》久世駒形稚児社参         撮影:2005.7.13  下の画像をクリックすると拡大します
駒形稚児は、神幸祭と還幸祭に神輿の先導を務めるもので、京都市南区にある綾戸国中神社の氏子から選ばれます。 伝えによりますと八坂神社と国中社の御霊が一体となって、はじめて祇園祭が出来るといわれ、当日は、[神の使い」として八坂神社を訪れます
                 《祇園祭》長刀鉾稚児社参          撮影:2005.7.13        <[お位もらい]のため長刀鉾町々会所から四条通を八坂神社に向かう稚児の一行>          
下の画像をクリックすると拡大します
長刀鉾の稚児が位を授かりに八坂神社に参拝するもので、これを 「お位もらい」と云い、同神社から五位少将と十万石大名の格式を授かります。稚児は、この日から「神の使い」とされ、地を踏むことなく移動は強力(ごうりき)さんの肩に乗って行う等、厳格な日々を過ごすことになります。
                   《祇園祭》山鉾曳き初め           撮影:2005.7.13 <手間へより南観音山、放下鉾、船鉾、岩戸山の曳き初め>  
下の画像をクリックすると拡大します
                    《祇園祭》鉾曳き初め            撮影:2005.7.12 写真提供 : 原  博 一 氏
  下の画像をクリックすると拡大します
写真提供 : 原  博 一 氏
鉾曳初めは、鉾の組立てが完了し、晴姿のお披露目を兼ねて行われます。長刀鉾では稚児や禿、囃子方ら総勢約70名が巡行当日と同じ衣装の正装姿で鉾に乗り込みます。曳初めは、一般の見物人、特に女性や子供も引き手となれる上、綱を引くと1年間の厄除けになると言われています。
                      《祇園祭》鉾建て              撮影:2005.7.11  下の画像をクリックすると拡大します
                      《祇園祭》鉾建て             撮影:2005.7.10    下の画像をクリックすると拡大します
鉾建は、一般に基礎の石や鉄板にあわせ「転び」や「貫」等と言われる櫓を組立てます。夫々の部材にはクギを一本も使いません。使うのは縄だけです。これは縄絡みと呼ばれ、結びや縄がけの数は山や鉾によって違います。巨大な真柱を建てるために櫓をゆっくりと寝かせ,鉾頭や厨子、榊などを取り付けた真柱を縄で結んで固定します。梃子に掛けた丈綱を引き、鉾を引き起こせば鉾の土台が完成します。現在巡行する鉾の中で最大の長刀鉾は、重さがおおよそ12トン、高さが25メートルあります。
                    《祇園祭》神輿洗(前)            撮影:2005.7.10
左より西御座神輿・中御座神輿・東御座神輿 
 下の画像をクリックすると拡大します
神輿洗(前)は祇園祭の主役とも言える神輿を清めるものであり、十七日の神幸祭と二十四日の還幸祭で氏子区域を練る神輿の内[中御座]を清める神事で、四条大橋で営まれます。
尚、これに先立ち長さ5メートルの大松明が八坂神社と四条大橋を往復して道を清めます。
                    《祇園祭》お迎え提灯            撮影:2005.7.10  下の画像をクリックすると拡大します
お迎え提灯は祇園万燈会の主催で行はれるもので、神輿洗神輿を迎える提灯行列です。
参加するのは主に子供たちで、月鉾のお囃子が奏でる華やいだ祇園囃子にのって武士の姿や、小町踊り、鷺舞いなど趣向を凝らした行列が祇園界隈を練り歩きます。

                  《祇園祭》神事用水清祓(前)          撮影:2005.7.10
神事用水清祓(前)とは、鴨川の四条大橋から団栗橋までの間を宮川又は祓川といい、夜行われる神輿洗に使用する神事用の水を同川より早朝に神水用桶三個で汲み上げ、宮川堤に設けられた神台で清祓をするものです。
             《祇園祭》綾傘鉾稚児社参[八坂神社]        撮影:2005.7.7
綾傘鉾稚児社参は、鳥帽子に狩衣姿の稚児6人と保存会の役員らが神事の無事を祈願しに八坂神社に詣で[千度の儀]に臨むものです。そうして稚児は巡行の当日、鉾の先頭を歩き道を清める役目を務めます
           《祇園祭》長刀鉾吉符入稚児舞披露[町会所]    撮影:2005.7.5
稚児舞披露とは、巡行当日に鉾の上で舞われる[太平の舞]を長刀鉾町の吉符入りの日に町会所の2階で山鉾巡行の安全を願って披露されるもので、クジャクの羽をあしらった冠を頭に、振袖の上にかみしも姿で、太鼓を打つ舞を演じるものです。
           《祇園祭》長刀鉾稚児お千度詣[八坂神社]    撮影:2005.7.1
お千度詣とは、今年選ばれた長刀鉾の稚児が初めて神前にその旨を報告するとともに1ヵ月間の祭の無事を願う行事で、稚児と2人の禿(かむろ)、それに両親や長刀鉾の役員らが揃って八坂神社の本殿を右回りで3周します。本来は千度周る訳ですが参加人数の通算で3回まわって千度としているようです。